名古屋高等裁判所 昭和54年(う)175号 判決 1980年3月04日
被告人 杉浦悦三 外二名
主文
原判決中、被告人杉浦悦三、同原田五十六、及び同内本嘉一に関する部分を破棄する。
被告人杉浦悦三及び同内本嘉一を各懲役一年六月に、同原田五十六を懲役一〇月に、処する。
被告人杉浦悦三に対し、原審における未決勾留日数中六〇日をその刑に算入する。
被告人原田五十六に対し、この裁判確定の日から三年間、同内本嘉一に対し、この裁判確定の日から四年間、それぞれその刑の執行を猶予する。
押収してあるわいせつ八ミリカラーフイルム三二二巻(当審昭和五四年押第六三号符号一ないし三一七)、同未編集フイルム(一六ミリ幅)五ロール(前同号符号三四二ないし三四六)及び同フイルム九袋(前同号符号三三八の一ないし四、同号符号三三九の一ないし三及び同号符号三四〇の一、二)を被告人三名から没収する。
原審における訴訟費用は、全部、被告人三名の連帯負担とする。
理由
検察官の控訴の趣意は、名古屋地方検察庁検察官検事大西郁夫名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、被告人杉浦悦三、同原田五十六の弁護人細野良久名義の答弁書及び被告人内本嘉一の弁護人速水太郎名義の答弁書・補充答弁書に、そして、被告人杉浦悦三の控訴の趣意は、弁護人細野良久名義の控訴趣意書・控訴趣旨補充申立書に、これに対する答弁は、検察官検事浅田昌巳名義の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用する。
検察官の控訴趣意について
所論は、要するに、原判決が、本件公訴事実中、「被告人らは、鳴川孝らと共謀のうえ、昭和五二年四月七日、大阪府摂津市鳥飼西二丁目二六番四号被告人原田五十六方において、販売の目的をもつて、男女性交の場面等を露骨に描写したわいせつ一六ミリ未現像カラーフイルム一一二ロール(わいせつ八ミリカラーフイルム一〇一二巻相当)を所持したものである。」との公訴事実(被告人杉浦悦三、同原田五十六につき、昭和五二年七月一六日付訴因及び罰条の追加請求書第二事実、被告人内本嘉一につき、同年八月六日付起訴状第三事実)につき、「被告人ら三名が共謀のうえ、昭和五二年四月七日大阪府摂津市鳥飼二丁目二六番四号被告人原田五十六方において、男女性交の場面等を露骨に描写したわいせつな映像を焼付けた未現像フイルム一一二ロール(八ミリカラーフイルム一〇一二巻相当)を、現像、編集して、映写用八ミリカラーフイルムに完成したうえ販売する目的で、所持していた」旨認定しながら、本件フイルムは、「インターネガフイルムから焼付けたのみで、未だ現像されていない、長尺もののカラーフイルムで、感光しないように包みこまれていたものであることが認められ、これを現像することは、相当規模の設備を要して、一般には困難であり、現像所等に現像を依頼することも、右フイルムの性質上、容易ではなく、またそのまま頒布されたり、販売される可能性が極めて少ないといわなければならないから、右未現像フイルムは、たとえ、潜在的に、男女性交の場面等を露骨に描写した、わいせつな映像が焼付けられているとしても、それが視覚によつて認識することができない以上、これをもつて、刑法第一七五条所定のわいせつ図画に当らないと解するのが相当である」と判断し、右未現像フイルム所持の点については無罪とすべきところ、右事実は有罪を認定した原判示第一ないし第三の犯行と包括一罪の関係にあるとして起訴されたものであることは明らかであるから、主文において無罪の言渡しはしないと判示し、被告人杉浦悦三につき、懲役一年六月(求刑懲役二年)、被告人原田五十六につき、懲役一〇月・三年間刑執行猶予(求刑懲役一年)、被告人内本嘉一につき、懲役一年六月・四年間刑執行猶予(求刑懲役二年)に処する旨判決したのは、本件未現像カラーフイルムが刑法一七五条にいわゆるわいせつ図画販売目的所持罪の客体たるわいせつ物に該当するのにこれを否定した点において、同条の解釈適用を誤り、その誤りが右公訴事実につき無罪の判断を招来し、その結果、被告人三名に対する量刑は軽きに失したものであるから、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤りがある、というのである。
そこで、所論にかんがみ、原審記録及び原判決書を検討すると、原審は、検察官の所論公訴事実について、所論のように説示して、無罪の判断をしたことが判文上明らかである。
よつて、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、関係証拠によれば、所論公訴事実中、鳴川孝も被告人三名の共犯者であるかどうかの点については本件一連の犯行に関する原審の判断を是認するとして、被告人三名が共謀のうえ、右公訴事実記載の日時・場所において販売の目的をもつて男女性交の場面等を露骨に描写したわいせつな映像を焼付けた一六ミリ未現像カラーフイルム一一二ロールを所持した事実を認めることができる。なお、弁護人は、所論中で、本件未現像カラーフイルムの撮影内容自体をも争うけれども、関係証拠によれば、本件未現像カラーフイルムに対する映像の焼付けは、同一人によつて、同一機会に、同一場所で、同種フイルムに、同一製作過程を経てなされたものであり、焼付け後、同一形態に包装されて保管されていたと認められるところ、うち任意に抽出した三ロールについて、鑑定嘱託をなして鑑定した結果、いずれも男女性交の場面等を露骨に描写したわいせつな映像が焼付けられていたことが判明した以上、右未現像カラーフイルム全部について同様の映像が焼付けられていることは経験則上容易に推認できるところであり、右フイルムの焼付けを担当した被告人内本嘉一において、捜査段階においてはもちろん、原審公判廷においても、本件未現像のフイルムは、現像済みのフイルムと同様に男女性交の場面等を写したものに間違いない旨供述していることに照らしても明らかであつて、以上の認定を左右するに足りる措信し得る証拠はないから、前認定の事実は、本件未現像カラーフイルムの撮影内容自体のわいせつ性を含めて、全く合理的疑いを容れる余地がないものとせざるを得ない。
したがつて、更に進んで、わいせつな映像を焼付けた本件未現像カラーフイルムが刑法一七五条所定のわいせつ図画販売目的所持罪にいわゆるわいせつの図画等に該当するかどうかについて検討する。
原審は、本件未現像カラーフイルムが刑法一七五条所定のわいせつ図画に当たらない理由を次のとおり判示する。すなわち、本件未現像カラーフイルムを現像することは相当規模の設備を要して、一般には困難であり、現像所等に現像を依頼することも、右フイルムの性質上、容易ではなく、また、そのまま頒布されたり、販売される可能性が極めて少ないといわなければならないから、右未現像カラーフイルムは、たとえ、潜在的に、男女性交の場面等を露骨に描写した、わいせつな映像が焼付けられているとしても、それが視覚によって認識することができない以上、これをもつて、同条所定のわいせつ図画には当たらないと解するのが相当である、とし、弁護人も、前記各答弁書等の中で、本件未現像カラーフイルムの現像がこれを譲り受けた者において一般に容易でない所以をるる説明し、かつ現像所等専門店への依頼による現像もまた不可能に近く、したがつてまた未現像カラーフイルムをそのまま販売することも困難であるから、未現像カラーフイルムは頒布販売に適したものではない旨主張して、わいせつ図画に該当しないとする。
しかしながら、そもそも刑法一七五条後段所定のわいせつ図画等販売目的所持罪の立法趣旨にかんがみるとき、同罪の対象とされるわいせつ図画等のわいせつ性は、必ずしも、当該物を所持する際に、その物自体にそれが顕在することを必要とするものではなく、その際視覚によつてこれを認識することが可能でなくても、なんらかの技術的操作を経ることによつてその物に潜在するわいせつ性を、認識し得る程度に顕在化させることが社会通念上可能であると認められる限り、当該物は同罪の客体となるわいせつ図画等に該当するものと解すべく、これを本件についてみるに、原審記録中の関係証拠に、当審における事実取調べの結果をも総合すると、被告人らは、本件未現像カラーフイルムを未現像のまま販売する意図で所持していたものではないのであつて、現像・編集の段階を経て映写用八ミリカラーフイルムとして完成した後、これを販売する目的のもとに所持する間、これに先立ち発覚検挙されたため、結局、未現像のまま右フイルムは領置されるに至り、被告人らは、わいせつ一六ミリ未現像カラーフイルムを所持したとして訴追されたものと認められ、右認定に反する証拠はないから、右事実関係にある本件においては、もともと、販売を受ける不特定多数人のもとでわいせつ性を顕在化させることを予定して、ことさらわいせつ性を潜在させたままの状態で一般に販売される物件を所持した場合とはやや事案を異にするが、未現像カラーフイルムのわいせつ性を顕在化させる技術的操作、すなわちカラーフイルムの現像が、少なくとも本件被告人らにとつて、当時すこぶる容易であつたことは関係証拠に照らして明らかであるのみならず、関係証拠によつて認められるような、なんらカラーフイルム現像に関する知識も経験も技術も有しない被告人原田五十六や原審相被告人成定明らが短時日に比較的容易にカラーフイルム現像技術を習得した経過及び右経過に徴してその信用性を十分肯定できる原当審各公判調書中の原当審証人岡本勝博の供述記載部分によれば、カラーフイルムの現像は、原審判決が説示し、弁護人が所論中で主張するような著しい困難さを伴うものではなく、社会通念上十分可能な、わいせつ性を顕在化させる技術的操作と認められるのであつて、被告人杉浦悦三、同原田五十六の当審公判廷における各供述及び当審公判調書中の当審証人米澤隆雄の供述記載部分中右認定に抵触する部分は採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。したがつて、わいせつな映像を焼付けたのみでいまだ現像前のカラーフイルムも、刑法一七五条後段所定のわいせつ図画等販売目的所持罪にいわゆるわいせつな図画に該当すると解するのが相当である。
してみれば、被告人三名に関する前記未現像カラーフイルム一一二ロールの販売目的所持につき、刑法一七五条に該当しないとした原審の判断は、同条の解釈適用を誤つたものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであり、しかも、右事実は、原判決が有罪を認定した被告人三名に対する原判示第一ないし第三の事実と包括一罪の関係にあるから、結局原判決中被告人三名に関する部分は全部破棄を免れない。検察官の右論旨は理由がある。
被告人杉浦悦三の弁護人の控訴趣意第一点について
所論は、要するに、原判決は、その(罪となるべき事実)第三において、「被告人杉浦悦三、同中村茂満、同原田五十六、同今市義光及び同内本嘉一らは、共謀のうえ、昭和五二年四月七日、大阪府吹田市東御旅町八番三二号高栄荘二号室において、販売の目的をもつて、男女性交の場面等を露骨に描写したわいせつ図画である映写用八ミリカラー未編集フイルム(一六ミリ幅)五ロールを所持した」旨認定したが、右フイルムは販売し得ない不良品であつたため未編集のまま廃品として残されたものであつて販売の意思がないことは明らかであるにもかかわらず、右フイルムについて販売目的を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認の瑕疵がある、というのである。
しかしながら、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、原判示第三の事実に対応する各証拠、ことに、被告人杉浦悦三の司法警察員に対する昭和五二年六月二七日付供述調書(二通)、原審相被告人今市義光の司法警察員に対する昭和五二年六月二〇日付、同年七月一日付各供述調書、被告人原田五十六の司法警察員に対する昭和五二年六月二四日付供述調書及び押収してある八ミリカラー未編集フイルム(一六ミリ幅)五ロール(当審昭和五四年押第六三号符号三四二ないし三四六)を検した結果を総合すると、同原判示事実は、所論の販売目的の点をも含めてすべてこれを肯認するに十分である。すなわち、同原判示事実のうち、販売目的を除くその余の事実は、関係証拠に照らして明白であると認められるところ、右販売目的に関して、被告人杉浦悦三は、捜査段階において、本件未編集フイルムにカーボンが付いていてもフイルム自体が悪い訳でなく、付着したカーボンを除去すれば販売できるものであるが、右除去に正常のものより時間と手間がかかるため、その編集を後回しにしたもので、検挙されなければ当然完成品となつて販売されていくものである旨述べて販売目的を自白しているが、右自白は、本件において専ら編集係を担当した原審相被告人今市義光ら関係者の捜査官に対する各供述とも符号し、右各供述は、以下の事実、すなわち、本件未編集フイルム五ロールは、昭和五二年三月初めころ、原判示高栄荘に持ち込まれた一〇ロールのうちの一部であるところ、他の五ロールは、カーボンの付着にもかかわらずすでに編集のうえ製品化されていたことや不要・不良のフイルム等は廃棄されていたのに本件未編集フイルムは約一か月もの間廃棄されずに保管されていたこと(ちなみに、関係証拠によれば、昭和五二年三月一一日、前記高栄荘からの廃棄物中にフイルム片が発見されている。)等の事実に徴して十分措信することができ、以上の証拠を総合すれば、販売目的をもつて本件未編集フイルムを所持した旨の原判示事実は、証拠上容易に首肯することができるのであつて、右認定と抵触する被告人杉浦悦三、同内本嘉一、及び原審相被告人今市義光の原審公判調書中の各供述記載部分は、措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はないから、原判決に、弁護人所論のような事実誤認の瑕疵は全く存しない。被告人杉浦悦三の弁護人の右論旨は理由がない。
よつて、被告人杉浦悦三の弁護人の量刑不当の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決中、被告人杉浦悦三、同原田五十六、同内本嘉一に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により、本件について、更に次のとおり判決する。
(罪となるべき事実)
原判決が(罪となるべき事実)として認定した各事実に、
「第四 被告人三名は、共謀のうえ、昭和五二年四月七日、大阪府摂津市鳥飼西二丁目二六番四号被告人原田五十六方において、販売の目的をもつて、男女性交の場面等を露骨に描写したわいせつな映像を焼付けた一六ミリ未現像カラーフイルム一一二ロール(当審昭和五四年押第六三号符号三三八の一ないし四、同号符号三三九の一ないし三及び同号符号三四〇の一、二、但し、現在、うち三巻は鑑定により現像済み)を所持したものである」
と付加するほか、原判決と同一であるから、これを引用する。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
被告人三名の判示第一ないし第四の各所為は、いずれも包括して、刑法一七五条、六〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に各該当するので、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、右所定刑期の範囲内で処断すべきところ、情状について検討すると、本件は、被告人杉浦悦三が総括責任者となり、原審相被告人岩田武美が資材購入及び販売を、被告人内本嘉一が焼付けを、被告人原田五十六及び原審相被告人成定明が現像等を、原審相被告人中村茂満及び同今市義光が編集を各分担して、自動現像機等高性能の機械を使用し、製造から販売までを分業化・組織化・機械化して、映写用八ミリカラーわいせつフイルムの製造・販売に従事し、巨額の利益を得ていたというわいせつ図画販売・同所持の案件であつて、右犯行の罪質・態様等にかんがみ、その犯情はこの種事案のうちでも悪質と見ざるを得ず、被告人三名の刑責を軽視することができないが、ことに、被告人杉浦悦三は、本件犯行全般を率先指揮した主導者であり、これまでにも、罰金前科二犯のほか、本件と同種のわいせつ文書等販売罪等により二回にわたり懲役刑に処せられ、いずれも刑執行猶予の寛大な判決を受けたのにもかかわらず、なんら反省自戒することなく、いままた本件犯行を敢行したものであって改悛の情、更生の意欲に乏しいと認めざるを得ないことなどの事情を総合考察すると、所論のうち、肯認し得る同被告人に有利な一切の事情を十分に斟酌しても、相応の処罰は免れず、とうてい刑の執行を猶予するのを相当とする事情は見いだせないのに対し、被告人原田五十六については、少年時代の前歴はともかく、前科はなく、本件発覚後、暴力団から離脱して真面目に稼働しており、また、被告人内本嘉一については、本件犯行の中で被告人杉浦悦三に次ぐ重要な役割を担当し、これに応じて、その受けた利益も他の共犯者に比して格段と多額であるけれども、専ら焼付技術を担当した者として、他の共犯者に対する指示等もほぼその限度にとどまつていて、被告人杉浦悦三とはその地位において質的差異があるうえ、昭和三四年から同四一年にかけて窃盗罪等で懲役刑に処せられた前科四犯はあるものの本件と同種の前科はなく、加えて、右被告人原田五十六及び同内本嘉一両名とも反省の情顕著であると認められることなど諸般の情状を総合考慮するとき、いま直ちに懲役刑の実刑を科するよりも今回に限り、相当期間その刑の執行を猶予し、自力による更生の機会を付与するのが刑政上より適切な処置であると認められるから、結局、被告人三名に対して、各所定刑期の範囲内で、被告人杉浦悦三及び同内本嘉一を各懲役一年六月に、被告人原田五十六を懲役一〇月に処し、原審における未決勾留日数中、被告人杉浦悦三に対し六〇日をその刑に算入し、前説示の情状により、この裁判確定の日から、被告人原田五十六に対し三年間、被告人内本嘉一に対し四年間、それぞれその刑の執行を猶予し、押収してあるわいせつ八ミリカラーフイルム三二二巻(当審昭和五四年押第六三号符号一ないし三一七)、同未編集フイルム(一六ミリ幅)五ロール(前同号符号三四二ないし三四六)及び同フイルム九袋(前同号符号三三八の一ないし四、同号符号三三九の一ないし三及び同号符号三四〇の一、二)は、いずれも被告人三名の判示第二ないし第四の各犯罪行為を組成した物で、犯人以外の者の所有に属しないものであるから、刑法一九条一項一号、二項により、これを被告人三名から没収し、原審における訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により、これを全部被告人三名の連帯負担とすることとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 海老原震一 服部正明 土川孝二)